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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1333号 判決 1978年7月24日

控訴人 長谷川幸雄

被控訴人 国

訴訟代理人 小澤一郎 西野清勝 宮本善介

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金一〇万円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、被控訴指定代理人において、

「刑訴法二六〇条及び二六一条の告訴人らに対する通知及び不起訴理由告知の制度は、付審判請求制度を実効あらしめ、検察官の専断的な不起訴処分を間接的に抑制しようとする公益上の理由から設けられたものであつて、直接告人らの被害感情を満足させるために設けられたものではないから、かりに本件の場合検察官の不起訴処分通知の方法に妥当性を欠く点があつたとしても、それによつて控訴人が私権を侵害されるようなことはありえず、したがつて私権の侵害を理由とする本件損害賠償請求は、その主張自体において失当というべきである。」と述べ、控訴人において、

「控訴人の本訴請求を主張自体失当とする被控訴人の右の主張は、要するに、公務員がいくら法を無視しても正当とされ、国民は泣き寝入りするより仕方がないという見解につながるものであつて、法治国においてはとうてい許されない議論である。」と述べたほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

証拠関係は、<証拠省略>と述べたほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  当裁判所も控訴人の本訴請求は失当と判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決理由の判断説示と同一であるからこれを引用する。

(訂正)

(1)  原判決一〇枚目裏一〇行日の「、そして」から同一一枚目表四行目の「以上のような事実」までを削除し、同七行目の[別表(二)の(2)の告訴は、」の次に、「いかなる犯罪事実を申告するものであるかを特定しないもので、」を挿入する。

(2)  同一二枚目表七、八行目の「、したがつて」から一〇、一一行目の「以上のような事実」までを削除する。

(3)  同一三枚目裏一二行目の「取調に対し、」の次に、「この件については石丸管理部長、保安課長、高橋区長も審査会の構成員として職務濫用で告訴いたしております。その他詳細は告訴状等に書いておいたとおりですから省略いたします。」との供述をしているが、その告訴状には、懲罰委貝会において私(控訴人)に対して充分な準備をさせず、弁明することを阻止した管理部長、保安課長、高橋区長の三名を刑法第一九三条で刑事責任を追求したい、と書かれているにすぎないこと、また、右検察官の取調に対し、他方で」を挿入する。

(4)  同一四枚目表一行目の「対訴」を「対象」に訂正する。

(5)  同一四枚目裏九行目の「何人にとつても、」の次に「特定の具体的犯罪事実について」を挿入する。

(6)  同一五枚目裏一一行目の「ならなかつたこと、」の次に「控訴人は昭和四七年二月二七円から同年四月一五日まで京都保護育成会に居住し、その間、鉄筋工として泊りがけで遠方まで働きに出かけることもあつたが、その期問は短く、せいぜい一泊程度で帰宅していたこと、右保護育成会に入会中の者宛に同会に配達されてくる郵便物については、原則として同会備付の「保護簿」に記入されることになつていたところ、同年三月末から同年四月初め頃の右「保護簿」には検察庁から控訴人宛に郵便物が配達されてきた旨の記載は存在しないが、右「保護簿」への記人の手続は必ずしも厳格には行なわれておらず、しばしば記入洩れがあるのが実情であつたこと、なお、退会者宛に配達されてきた郵便物は、必ず帰住先に転送するか、それが不明のときは発信先に返送していたこと、」を挿入し、同裏一二行目から一三行目にかけの「成立に争いのない甲第三号証の記載内容、」を削除する。

(付加)

国家賠償法一条一項に基づく国又は公共団体の損害賠償責任が認められるためには、公権力の行使に当る公務員の違法行為がなければならないことはいうまでもないが、この場合の違法行為とは要するに、不法行為、すなわち他人の私権もしくは人格的利益その他の法的保護に値する私的利益の侵害行為にほかならないのであつて、手続法規を含むなんらかの法規違反があればつねに国家賠償法の規定する違法行為が存在するというものでないことは多言を要しないところである。

ところで、控訴人が本件において上張しているところは、控訴人の告訴した事件につき検察官が不起訴処分をしながら、刑訴法二六〇条の規定に違背して告訴人たる控訴人にその旨を通知しなかつた点が公務員の違法行為にあたり、そのために控訴人は付審判請求をしてその審判を受ける権利を侵害され、多大の粘神的苫痛をこうむつたというものであるが、刑訴法二六〇条が告訴等のあつた事件について不起訴処分をしたときには速やかにその旨を告訴人等に通知すべきものとしているのは、付審判請求や検察審査会に対する審査清求の前提となる同法二六一条所定の不起訴理由告知の請求の機会を告訴人に与えること、ひいては検察官の恣意的な不起訴処分を抑制することを主たる目的とするものであつて、告訴人の私的権利もしくは利益の保護を目的とするものではなく、また、検察官の告訴人等に対する通知義務も、もつぱら手続法上、公法上のものであるから、かりにそれに違背することがあつたとしても、告訴人等の人格をことさらに無視し、その名誉を侵害する意図をもつて通知をしなかつたなど特段の事情のない限り、前説示のとおり、それが告訴人等に対する違法な侵害行為として不法行為を構成する余地はないといわなければならない。もつとも、それだからといつて、通知義務を怠ることが適法視されるものでないことは論をまたないところであり、また、そのために告訴人がなんらかの不満もしくは不快感をもつこともありうることであろうが、私権もしくは法的に保護された私的利益に対する違法な侵害行為としての不法行為の成立を認めることができない以上、それらの手続違背や不満等を国家賠償法に基づく損害賠償請求の方法で是正し、もしくは癒やすことはできないといわざるをえない。

そうすると、右のごとき特段の事情の認められない本件の場合、控訴人の本訴請求はいずれにせよ理由がないというべきである。

二  以上の次第で、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民訴法三八四条一項によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 仲西二郎 藤原弘道 豊永格)

【参考】第一審判決

(大阪地裁昭和五〇年(ワ)第五三〇八号昭和五二年七月二五日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 原告

被告は原告に対し、金一〇万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求めた。

二 被告

主文同旨の判決を求めた。

第二請求原因

一 原告は、昭和四六年三月二九日付告訴状をもつて、その頃、京都地方検察庁検察官に別表(一)記載の被疑者・罪名による告訴をなし(以下、第一回告訴という。)、次いで、同年五月六日付「告訴状に対する補正及び追訴」と題する書面をもつて、同庁検察官に別表(二)記載の被疑者・罪名による告訴をなし(以下、第二回告訴という。)、さらに、昭和四七年一月一〇日付告訴状をもつて、その頃、同庁検察官に別表(三)記載の被疑者・罪名による告訴をなした(以下、第三回告訴という。)。

二1 京都地方検察庁検察官は、昭和四七年二月二九日、第一回告訴についてこれを不起訴処分にし、同日付郵便葉書をもつて、その頃、原告にその旨通知し、さらに、昭和四八年一〇月一一日付郵便葉書(<証拠省略>)をもつて、原告に右不起訴処分の理由の告知をしたが、第二回告訴のうちの別表(二)の(2)(4)ないし、(ア)、並びに、第三回告訴については、原告に対し、何ら処分の通知をしていない。

2 しかるに、同庁検察官辻本敏弥は、第二回告訴及び第三回告訴については、昭和四七年三月二九日付で不起訴処分とし、同日付郵便葉書で、その旨原告に通知済みであるとして、昭和四八年一〇月一一日付郵便葉書(<証拠省略>)をもつて、原告に対し、第二回告訴及び第三回告訴に対する不起訴処分の理由の告知をした。

三1 原告は、第一回告訴に対する不起訴処分を不服として、昭和四七年三月八日、京都地方裁判所に対し、刑事訴訟法二六二条により第一回告訴にかかる被疑事件の付審判請求をなし、右請求は、同裁判所昭和四七年(フ)第三号として係属し、裁判長裁判官森山淳哉、裁判官長谷川邦夫、同鳥越健治関与の下で右事件が審理された。

2 京都地方検察庁検察官上野富司は、当時第二回告訴について何らの処分もなされていないにもかかわらず、昭和四七年三月一五日付で右裁判所に対し、右付審判請求は、第一回告訴にかかる被疑事件のみならず、第二回告訴にかかる被疑事件をも包含する、との意見書を提出し、同裁判所もそのまま右意見書と同様に解して審理のうえ、同年八月一九日、右各被疑事件の付審判請求をいずれも棄却する、との決定を行つた。

四1 原告は、京都地方検察庁検察官の前記二の1に記載の行為、検察官辻本敏弥の前記二の2に記載の行為、並びに検察官上野富司、裁判官森山淳哉、同長谷川邦夫、同鳥越健治の前記三の2に記載の行為によつて、第二回告訴及び第三回告訴にかかる被疑事件について、適正な付審判請求手続をなし、その審判を受ける権利を侵害されて、後記損害を蒙つた。

2 右権利侵害による損害は、いずれも、前記検察官ら及び裁判官らがその職務を行うについて故意又は過失により、原告に与えたものであるから、被告は、原告に対し、国家賠償法一条一項により、後記損害を賠償すべき義務がある。

五 (損害)

原告は、右権利侵害により、多大の精神的苦痛を蒙つた。右精神的損害に対しては、金五〇万円をもつて慰籍されるのを相当とする。

よつて、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づいて、慰籍料五〇万円のうち、その一部である金一〇万円の支払を求める。

第三請求原因に対する認否及び被告の主張

一 認否

1 請求原因第一項はすべて認める。

2 同第二項の1のうち、京都地方検察庁検察官が、第三回告訴について、原告に何ら処分通知をしていないことは否認し、その余は認める。

同項の2のうち、検察官辻本敏弥が、第三回告訴については、昭和四七年三月二九日付で不起訴処分とし、同日付郵便葉書でその旨原告に通知済みであるとして、原告に対し、昭和四八年一〇月一一日付郵便葉書(<証拠省略>)をもつて不起訴処分の理由の告知をしたことは認め、その余は否認する。第二回告訴のうち別紙(二)の(3)、(4)ないし(7)については処分の理由の告知をしたことはない。

3 同第三項の1のうち、原告が、昭和四七年三月八日、京都地方裁判所に対し、刑事訴訟法二六二条により付審判請求をなし、右請求が、同裁判所昭和四七年(フ)第三号として、係属し、裁判長裁判官森山淳哉、裁判官長谷川邦夫、同鳥越健治関与の下で右事件が審理されたことは認める。ただし、後記主張のとおり、右付審判請求は、第一回告訴にかかる被疑事件及び第二回告訴にかかる被疑事作のうちの別表(二)の(1)、(3)、(3)の告訴にかかる被疑事件に対するものである。

同項の2のうち、検察官上野富司が、昭和四七年三月一五日付で京都地方裁判所に対し、原告の付審判請求が、第一回告訴にかかる被疑事件のみならず、第二回告訴にかかる被疑事件のうちの別表(二)の(1)、(3)、(8)の告訴にかかる被疑事件をも包含する趣旨の意見書を提出し、同裁判所も右意見吾と同様に解して審理のうえ、原告の付審判請求をいずれも棄却する、との決定を行つたことは認め、その余は否認する。

4 同第四項及び第五項はいずれも争う。

二 被告の主張

1(一) 京都地方検案検察庁検察官の第二回告訴に対する処置は、次のとおり適法である。

(1) 第二回告訴のうち、別表(二)の(2)については、原告以外の者に対する公務員職権濫用罪による告訴であり、原告は告訴権者に該当しないから、京都地方検察庁検察官は、これを適法な告訴事件として受理しなかつた。

(2) 同(4)(5)については、被告訴人の特定がなされていないうえ、被疑事実も特定されていないから、いずれも有効な告訴とは言えず(広島高判昭和二六年一月二二日、高裁刑集四巻一九二六頁参照)、同庁検察官は、右各告訴を適法な告訴事件として受理しなかつた。

(3) さらに、同(6)(7)については、原告が、昭和四七年一月二六日、同庁検察官に対し、石丸久男及び宮里慶に対する告訴を維持しない、との趣旨の供述をしたため、同庁検察官は、右各告訴について起訴・不起訴の処分をしなかつた。

(4) そして、同庁検察官は、第二回告訴のうち、別表(二)の(1)(3)(8)につき告訴を受理して立件し、第一回告訴にかかる被疑事件と共に捜査を遂げたうえ、昭和四七年二月二九日、これらを一括して不起訴処分にし、同日付郵便葉書をもつて、その旨原告に通知し(その頃、右葉書は原告に到達している。)、さらに、昭和四八年一〇月一一日付郵便葉書(<証拠省略>)をもつて、右不起訴処分の理由の告知をした。

(二) なお、仮に第二回告訴のうちの別表(二)の(4)(5)を適法な告訴事件として受理しなかつたことが違法であるとしても、これらについては、いずれも刑事訴訟法二六二条による付審判請求をなし得ず、従つて、原告の付審判請求権が侵害されることはあり得ない。

2 次に、

(一) 京都地方検察庁検察官は、第三回告訴について、昭和四七年三月二九日付でこれを不起訴処分にし、同日付の郵便葉書をもつて、京都市右京区西院寿町二〇番地所在京都保護育成会館(当時の原告の住所)の原告宛にその旨通知し、その頃右葉書は原告に到達した。

(二) 仮に、原告に対して、第三回告訴についての不起訴処分の通知がなされなかつたとしても、原告は、昭和四八年一〇月一八日、京都地方裁判所に対し、右告訴にかかる被疑事件について付審判請求をし、同年一二月二七日、これについての裁判所の判断を受けているから、第三回告訴について、原告の付審判請求権は、何ら侵害されていない。

3 次に、検察官上野富司、裁判官森山淳哉、同長谷川邦夫、同鳥越健治の各行為は、次のとおり、何ら違法ではない。

すなわち、昭和四七年二月二九日付郵便葉書をもつて原告になされた不起訴処分通知は、前叙のとおり、第一回告訴及び第二回告訴のうちの別表(二)の(1)(3)(8)について、これを不起訴処分にした、との通知であり、原告は、これを不服として、同年三月八日、京都地方裁判所に対し、右各被疑事件の付審判請求をしたのであるから、第二回告訴にかかる被疑事件のうちの別表(二)の(1)(3)(8)が右付審判請求の対象に含まれていることは明らかである。ところで、検察官上野富司は、同年三月一五日付で同裁判所に対し、第一回告訴にかかる被疑事件及び第二回告訴にかかる被疑事件のうちの別表(二)の(1)(3)(8)について、原告の付審判請求の申立をいずれも棄却すべきものと思料する、との意見書を提出し、又、前記三名の裁判官も、第一回告訴にかかる被疑事件及び第二回告訴にかかる被疑事件のうちの別表(二)の(1)(3)(8)について、原告の付審判請求をいずれも棄却する、との決定を行つたにすぎず、原告主張の如き違法は全く存しない。

4 また、そもそも刑事訴訟法二六〇条は、告訴人に対し、検察官の不起訴処分について検討する機会を与え、検察官の専断的な不起訴処分を間接的に抑制しようとするいわば公益上の理由から設けられたものであり、直接告訴人の被害感情を満足させるために設けられたものではないから、これを根拠とする本件慰籍料請求は失当である。

第四被告の主張に対する認否

被告の主張はすべて争う。

第五証拠関係<省略>

理由

一 原告が、京都地方検察庁検察官に対し、請求原因第一項記載のとおり、三回に亘つて告訴をなしたこと、同庁検察官は、昭和四七年二月二九日、第一回告訴についてこれを不起訴処分にし、同日付郵便葉書をもつて、その頃、原告にその旨通知をなし、さらに昭和四八年一〇月一一日付郵便葉書(<証拠省略>)をもつて、原告に右不起訴処分の理由の告知をしたこと、また第二回告訴のうち別表(二)の(2)(4)ないし(7)の告訴については、原告に処分の通知をしなかつたことはいずれも当事者間に争いがない。

二 そこで、次に、京都地方検察庁検察官が、別表(二)の(2)(4)ないし(7)の告訴について、その処分の通知をしなかつたことが、被告主張の如く適法であつたか否かの点につき判断する。

1 <証拠省略>並びに、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち

(一) 原告は、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律違反の罪により、懲役三年に処せられ、京都刑務所に昭和四四年七月二四日から昭和四七年二月二六日まで服役し、翌二七日に刑期満了により出所したものであるが、原告は右服役中、京都地方検察庁検察官に対し、原告主張の請求原因第一項に記載の通り、第一ないし第三回の告訴を、それぞれなしたこと、

なお、当時、被告訴人の高橋寿春は京都刑務所の看守部長を、同石丸久男は同刑務所の管理部長を、同宮里慶は同刑務所の保安課長をしていた者であること、

(二) これに対し、京都地方検察庁の検察官は、先ず、第一回告訴及び第二回告訴のうちの別表(二)の(1)(3)(8)の告訴については、昭和四七年二月二九日付で一括して不起訴処分にしたうえ同日付郵便葉書をもつて、その旨原告に通知したが、第二回告訴のうち、別表(二)の(2)(4)ないし(7)の告訴については、いずれもこれを適法な告訴としては認められないものとして、その受理をしなかつたので、右告訴につき起訴・不起訴の処分をせず、その結果を原告に通知しなかつたこと、

以上のような事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

2 次に、

(一) <証拠省略>によると、別表(二)の(2)の告訴の関係では、原告は、右<証拠省略>の「告訴状に対する補正及び追訴」と題する書面に、「高野部長は、戒護権のない私達衛生夫に対して、独居拘禁者を連行するよう指示し、数え切れない程これを行なわせた、云々」、「高野部長は、各舎房内の独居房拘禁者に用事がある場合、その辺に衛生夫の野口や、平沢か、私がいた時にはその者たちを連れて来るように指示し、連れ出し、また用事が済むと連れ戻す、云々」「五舎階下の懲罰者をいく人でも四舎階上に移す場合に、野口君が連行して来る、云々」という趣旨のことを記載しているのみであること(<証拠省略>)、そして、右<証拠省略>の記載のみからは、高野部長の職種濫用罪の被害者は原告であるとして、右高野部長を告訴する趣旨であるか否か必ずしも明確でないのみならず、犯罪の日時の記載は全くなく、その手段方法等も具体性に欠けているのであつて、結局、右告訴にかかる犯罪事実に、その同一性を認め得る程度には特定していないというの外はないこと、以上のような事実が認められ、右認定に反する<証拠省略>はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

してみれば、別表(二)の(2)の告訴は、不適法というべきであるから、京都地方検察庁の検察官が右告訴を受理せず、したがつて、これに対する起訴・不起訴の処分もせず、その結果を原告に通知しなかつたことは相当であつて、右の措置に原告主張の如き違法はないというべきである。

(なお、仮に、検察官において、右<証拠省略>による告訴については、その趣旨を善解して、原告は、右告訴にかかる職権濫用罪の被害者であり、その告訴権者であつて、右告訴は適法であるとして、事件処理をすべきものであつたとしても、前述の通り、右告訴に関する<証拠省略>の記載は、極めてあいまいかつ不明瞭であるから、京都地方検察庁の検察官が、右告訴を受理せず、その結果を原告に通知しなかつたことにつき、検察官としての職務を、故意又は過失によつて怠つたものとはいい難いのであつて、右検察官のとつた措置により、原告がその主張の如き不利益を受けて損害を蒙つたとしても、そのことにつき、右検察官に、故意は勿論、過失もなかつたものというべきである。)

(二) また、前掲<証拠省略>によると、別表(二)の(4)(5)の告訴の関係では、原告は、前掲<証拠省略>の「告訴状の補正及訴追」と題する書面に「高野部長に協力した五舎の衛生夫野口に対して刑法第一七二条、第二三〇条で、私と吉田のわいせつ行為を見たと証言しているテエ何とかは偽証罪と刑法第二三〇条で刑事責任を追及する。」との趣旨の記載をしているのみであること、したがつて、右<証拠省略>の記載からは、告訴については、被告訴人が特定しているとはいえないし、その犯罪事実も全く特定していないこと、以上のような事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

してみれば、別表(二)の(4)(5)告訴は、犯罪事実が特定しておらず、不適法というべきであるから、京都地方検察庁の検察官が、右告訴を受理せず、したがつてこれに対する処分もせず、その結果を原告に通知しなかつたことは相当であつて、右検察官のとつた措置には、何らの違法もない。

(三) 次に、被告は、別表(二)の(6)(7)の告訴については、原告は、その後、右告訴を維持しないとの趣旨の供述を検察官にしたから、検察官は、右告訴について、起訴・不起訴の処分をしなかつたと主張しているが、本件における全証拠によるも、原告が右告訴について、これを維持しない旨の供述を検察官にしたとの事実を認めることはできない。

(四) してみれば、京都地方検察庁の検察官が別表(二)の(2)(4)(5)の告訴について、起訴・不起訴の処分をせず、その結果を原告に通知しなかつたのは適法であるというべきであるから、右検察官の措置が違法であるとの原告の主張は失当である。しかし別表(二)の(6)(7)の告訴について、右検察官が起訴・不起訴の処分をせず、その結果を原告に通知しなかつたことは、客観的には適切な措置であつたとはいい難い。

(五) ところで、原告は、別表(二)の(6)(7)の告訴について、右の如く、京都地方検察庁の検察官が、起訴・不起訴の処分をせず、その結果の通知を原告にしなかつたのは、故意又は過失により、その職務を怠つたもので、これにより、原告に違法な損害を蒙らせたものであるとの主張をしているが、本件における全証拠によるも原告の右主張事実を認めることはできない。却つて、前掲<証拠省略>によると、別表(二)の(6)(7)の告訴にかかる犯罪事実は、「原告がわいせつ行為をしたとして、昭和四六年四月二八日行なわれた京都刑務所の懲罰委員会において、原告に対して十分な準備又は弁明をさせず、これを阻止した京都刑務所管理部長石丸久男及び同保安課長宮里慶を、公務員職権濫用罪で刑事責任を追求したい。」しというにあることが認められる。ところで、<証拠省略>によると、原告は、昭和四七年一月二六日、京都地方検察庁検察官の取調に対し、「私は懲罰が不当であるとして告訴しているので当面懲罰審査会を主宰した石丸管理部長を告訴の対訴にすべきかもしれませんが、この懲罰を構成させたのは高野看守部長でありますので、私の意図は高野部長を誣告で処罰してもらいたいと思つて告訴事実を書いたのです。云々」「ただし、追訴状の最後の不当懲罰の件については高橋警備隊長に対する告訴を維持します云々」と述べ、あたかも看守部長高野寿春及び警備隊長高橋定市の両名に対する告訴は維持するが、その他の告訴は維持しない趣旨と受取れるような供述をしていること、そこで、京都地方検察庁の検察官は、右原告の供述により、原告は、別表(二)の(6)(7)の告訴を維持しない意思を表明したものと判断し、右告訴について、起訴・不起訴の処分をしなつつたこと、次に、<証拠省略>による原告の告訴は、その被告訴人も犯罪事実も多数であり、そのなかには、被告訴人や犯罪事実が、あいまいで、かつ、不明瞭なものや特定しにくいものもかなりあつたこと、そして、検察官の原告に対する前記昭和四七年一月二六日の取調べは、原告の右不明瞭な告訴を、ある程度整理して限定し、これを明確にする趣旨も含めてなされたものであること、以上のような事実が認められる。

してみれば、当時、何人にとつても、原告が別表(二)の(6)(7)の告訴を確定的にし、かつ、これを維持し続ける意思を有していたとの事実を、明確に認識し得る状態にはなかつたものというべきであるから、このような、事情の下において、前記のように、検察官が、検察官に対する原告の前記供述等から、別表(二)の(6)(7)の告訴について、起訴・不起訴の処分をせず、その結果を原告に通知しなかつたことをとらえて、検察官としての職務の行使を、故意又は過失により怠つたものとは到底いい難いのであつて、検察官のとつた措置により、原告がその主張の如き不利益を受けて損害を蒙つたとしても、そのことにつき、右検察官に故意のなかつたことは勿論、過失もなかつたものというべきである。

よつて、右不起訴処分の通知をしなかつた検察官に故意又は過失があるとの原告の主張は失当である。

三 次に、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば、次のような事実が認められる。すなわち、京都地方検察庁の検察官は、原告のなした第三回告訴を受理して立件し、昭和四七年三月二九日付でこれを不起訴処分にし、検察事務官林寛治作成の電話聴取書(<証拠省略>)によつて、原告の帰任先を前記京都保護育成会と確認したうえ、同日付の郵便葉書をもつて、右京都保護育成会内の原告宛に、不起訴処分の通知を発し、同庁検察官辻本敏弥は、さらに昭和四八年一〇月一一日付郵便葉書(<証拠省略>)をもつて、右不起訴処分の理由の告知をしたが、右原告宛昭和四七年三月二九日付郵便葉書は、同検察庁に返送にならなかつたこと、以上の事実が認められ、<証拠省略>の各記載内容及び原告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうだとすれば、原告のなした第三回告訴については、京都地方検察庁の検察官は、昭和四七年三月二九日不起訴処分をなし、その頃原告に右通知をなしたものというべきであるから、右通知がなかつたとの原告の主張は失当である、

四 次に、原告は、京都地方検察庁の検察官辻本敏弥が、第二回及び第三回告訴について不起訴処分の通知をしていないのに、昭和四八年一〇月一一日付で、右第二回及び第三回告訴に対する不起訴処分の理由の告知をしたとして、右の点の違法を主張するもののようであるが、第二回告訴のうち別表(二)の(1)(3)(8)の告訴及び第三回告訴については、昭和四七年二月二九日及び同年三月二九日に、それぞれ不起訴処分がなされて、その頃原告にその旨通知されていること、また、第二回告訴のうち別表(二)の(2)(4)ないし(7)の告訴については、京都地方検察庁の検察官は起訴・不起訴の処分をせず、その結果を原告に通知していないことは、さきに認定した通りである。そして、第二回処分のうち別表(二)の(2)(4)ないし(7)については、検察官が昭和四八年一〇月一一日付をもつて、その不起訴処分の理由を原告に通知したとの事実は、本件における全証拠によるも、これを認めることができず、却つて、弁論の全趣旨によれば、右不起訴処分の理由は原告に通知していないことが窺われる。のみならず、原告の主張自体に照らしてみれば、原告主張の不起訴処分の理由の告知に関する違法と、原告主張の損害との間には、法律上の因果関係があるとは到底認め難い。よつて、右の点に関する原告の主張は失当である。

五 次に、原告は、第二回告訴については何らの処分がなされていないにも拘らず、第一回告訴に対する不起訴処分につき、京都地方裁判所に対して申立てた原告の付審判請求事件について、京都地方検察庁検察官上野富司は、第二回告訴についても付審判請求があつたとの意見書を提出し、京都地方裁判所も、右同様に解して、右事件を審理し、決定したとして、この点の違法を主張するが、右原告の主張事実を認め得る的確な証拠はない。却つて、<証拠省略>によれば、原告の申立てた右付審判請求事件について、検察官上野富司は、第二回告訴のうち別表(二)の(1)(3)(8)の告訴にかかる被疑事実については右付審判請求事件に含まれているものとして意見を述べたが、その余の別表(二)の(2)(4)ないし(7)の告訴にかかる被疑事実については何ら意見を述べていないこと、また、右付審判請求事件を審理した京都地方裁判所も、別表(二)の(1)(3)(8)の告訴にかかる被疑事実については審理をしてこれに対する決定をしたが、その余の別表(二)の(2)(4)ないし(7)の告訴事実については、審理をしなかつたこと、以上の事実が認められる。そして、右第二回告訴のうち別表(二)の(1)(3)(8)の告訴については、昭和四七年二月二九日不起訴処分がなされ、その頃原告にその旨の通知がなされていることは前記認定の通りであるし、また、<証拠省略>並びに、弁論の全趣旨によれば、原告は、別表(二)の(1)(3)(8)の告訴についても、第一回の告訴と共に付審判の請求をしていることが認められる。

してみれば、右付審判請求事件について、京都地方検察庁の検察官が意見書を提出し、京都地方裁判所が右事件を審理しこれに対する決定をしたことについて、原告主張の如き違法はないというべきであるから、右の点に関する原告の主張も失当である。

六 そうだとすれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて失当であるから、これを棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 後藤勇 野田武明 三浦潤)

別表(一)

被疑罪名被害者名

(1)公務員職権濫用久保 満

(2)同泉 愛之進

(3)同高橋定市

(4)特別公務員陵虐木田久雄

(5)公務員職権濫用瀬戸 晃

(6)同高野寿春

(7)同斉藤房治郎

以上

別表(二)

被疑罪名     被疑者名

(1) 公務員職権濫用 高野寿春   (乙二号証追訴一項参照)

(原告をして昭和四五年暮ころ、拘禁日数簿、行状成績簿の公文書に自己の印を押捺させた件)

(2) 同       同      (同二項参照)

(戒護権のない衛生夫である原告をして独居拘禁者を連行するよう指示した件)

(3) 同       同      (同三項参照)

(原告がわいせつ行為を行つたとして不当に懲罰を科して受忍させた件)

(4) 誕告、名誉殿損 野口こと野口港(同三項(二)参照)

(5) 偽証、名誉殿損 テエこと鄭実 (同三項(二)参照)

(以上(4)・(5)の両名は前記高野に協力し、原告がわいせつ行為をしたと証告或いは偽証をして原告に対して不当に懲罰を科させた)

(6) 公務員職権濫用 管理部長こと石丸久男

(同三項日参照)

(7) 同       保安課長こと宮里慶

(同三項日参照)

(8) 同       高橋区長こと高橋定市

(同三項日参照)

(以上三名は前記懲罰委員会において原告に十分な準備・弁明をさせずこれを阻止した。)

以上

別表(三)

被疑罪名 被疑者名

(1)  名誉毀損 錦織透

(2)  同 宇田川秀信

(3)  同 上田正夫

(4)  同 橋田貞男

(5)  公務員職権濫用 上野守

(6)  同 本田久雄

(7)  同 井上昇

(8)  誣告 川上育雄

(9)  公務員職権濫用 高橋重夫

(10) 同、特別公務員陵虐 宮里慶

(11) 同高橋定市

(12) 同久保 満

(13) 侮辱、公務只職権濫用特別公務員陵虐 石丸久男

(14) 公務員職権濫用特別公務員陵虐 谷山国正

(15) 虚偽公文書作成、公務員職権濫用、特別公務員陵虐 高野寿春

(16) 虚偽公文書作成、公務員職権濫用 斉藤房治郎

(17) 公務員職権濫用、私文書毀棄 角谷捨三郎

以上

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